集中治療室看護師長 中嶋武広

フランスから帰国できない

Aさんが緊急入院されたのは、世界が新型コロナウィルスの恐怖に気づき始めた4月初旬のことでした。急性心筋梗塞の為に意識不明の重体、人工呼吸器の装着を余儀なくされました。Aさんは、90歳代で1人暮らし。ご家族は、娘様がフランスで居住されていました。命の危険がある旨が、医師より国際電話で告げられました。

当時フランスは新型コロナウィルス感染拡大防止の為、出国を禁止しており娘様は日本へ帰国できない状況でした。母親が命の危機にさらされていること、すぐにでも駆けつけたいが叶わないことから、娘様は大変不安であったと思います。その為、電子メールと国際電話にて、現在の状況を伝え、娘様が正しく理解できるように意識しました。また、帰国できない辛さに寄り添い、医師・看護師・医療ソーシャルワーカー・理学療法士が連携して、全力でサポートする旨を伝えました。

数日後、治療が奏功し人工呼吸器を外すことができ、お話できるようになりました。声がでるようになった第一声は、『フランスで娘は大丈夫かな。』と娘様への心配の言葉でした。真っ先に娘様にお電話し、状況を伝え娘様とお電話を替わりました。その時の、お二人の安堵の声が今でも忘れられません。

どうしても家に帰りたい

ご高齢であり、病状やご家族が傍におられない状況を考えると、転院や施設の利用を選択する事が多いですが、ご本人・ご家族の強い希望もあり自宅退院を目指す事にしました。それから、自宅に帰るためのリハビリを実施、実際に家に帰った後、買い物や家事ができるかを確認するために自宅訪問を実施、帰宅して困らないように清掃業者を手配、こまめにカンファレンスを設け、都度娘様と情報共有し、必要時には意思決定していただけるよう支援していきました。その度にAさんと娘様を電話で繋ぎ、力強いお声がけを頂きました。

そして5月中旬、無事に自分の足で退院を迎える事ができました。

一時は死をも覚悟したAさんが、元通りの生活に戻ることができたのは、コロナの渦の中で、親が子を子が親を思う気持ち、『親子の絆』があったからではないかと思っています。

新型コロナウィルスは正しく恐れ、しかし、コロナニマケズ、今日も看護していきます。