秋風が心地よい季節になりました。この季節、気をつけたいのが転倒です。特に心臓病の患者さんにとって、転倒は単なるけがではなく、長期入院や寝たきり状態へのきっかけになる危険があります。今月は、転倒を防ぎ、安心して生活するための運動と工夫についてお伝えします。

なぜ心臓患者さんは転倒しやすいのか

心臓患者さんが転倒しやすい原因は、複数あります。まず、心不全により筋肉量が減少し、特に脚の筋力が低下します。加えて、利尿薬や降圧薬の影響で、立ち上がるときに一時的な血圧低下(起立性低血圧)が生じることがあります。さらに、冠動脈疾患がある患者さんでは、急な胸痛や息切れで一瞬バランスを失う可能性もあります。そして、加齢に伴い、反射神経や平衡感覚が低下することも転倒のリスクを高めます。

2024年に米国心臓協会がまとめた高度な心不全患者さんの虚弱性評価・管理に関するガイドラインでは、転倒予防と身体機能維持が極めて重要であることが強調されています。

(参考文献:Denfeld QE, et al. Assessing and managing frailty in advanced heart failure. J Heart Lung Transplant. 2024)

転倒を防ぐための3つのアプローチ

①筋力強化運動

転倒予防の最初のステップは、脚の筋力を強化することです。特に太腿(大腿四頭筋)とふくらはぎ(腓腹筋)の筋肉が、バランスを保つのに重要です。6月のブログで紹介したスクワットは、最も効果的な転倒予防運動です。

実践方法として、椅子の背もたれに手をかけながら、ゆっくりと立ち上がる動作を繰り返します。1日10回を朝と夕方に行うことが目安です。最初は椅子に深く座った状態から、週に1度程度、座り始める位置を浅くしていくことで、段階的に負荷を増やせます。運動中に息を止めないこと、膝がつま先より前に出ないようにすることが安全運動のコツです。

②バランス訓練

バランス能力は、転倒を防ぐために同じくらい重要です。バランス訓練の簡単な方法として、片足立ちが挙げられます。毎日、椅子やテーブルに手をかけながら、片足を上げて10~20秒間支える運動を行います。左右各2~3回を朝と夕方に繰り返します。最初は手をしっかり握ってから始め、慣れてきたら少しずつ手の力を減らしていきます。

より進んだバランス訓練としては、つま先とかかとを一直線に並べて立つ「タンデムスタンス」があります。これは、実際に歩く動作に近いバランス能力を養成します。最初は1分程度から始め、徐々に時間を延ばしていきます。

③環境整備

運動と同じくらい大切なのが、生活環境を転倒しにくいように工夫することです。自宅の床にある転倒のリスク要因を除去します。具体的には、電源コードや電話線を整理し、床に物を置かないようにします。特に階段の段差や部屋の段差には注意が必要です。照明不足の場所には照明を追加し、夜間の移動時には足元がはっきり見えるようにします。

浴室は特に転倒が多い場所です。浴室の床が濡れているときは、滑り止めマットを敷き、さらに浴槽の出入り時には手すりにつかまることを習慣にします。靴選びも重要です。底が滑りやすいスリッパは避け、靴底がしっかりしたスニーカーを選びます。

特に注意が必要な場面

夜間のトイレ移動は、最も転倒しやすい場面の一つです。照明をつけて、目を覚ましてからゆっくり動くようにします。寝起きは低血圧になりやすいため、ベッドから起きるときは、まず数秒間座った状態を保ってから立ち上がります。利尿薬を夜遅くに服用している場合は、医師に相談して服用時間を変更することも検討しましょう。

外出時の転倒も危険です。雨の日は、濡れた地面での滑りに注意し、できれば外出を避けるか、杖を持参します。階段を上り下りするときは、手すりを使うことが鉄則です。人が多い場所では、バランスを崩す可能性が高まるため、混雑した時間帯の外出は避けるのが無難です。

転倒直後の対応

万が一転倒した場合、慌てずに対応することが大切です。まず、痛みがある部位を確認します。明らかな骨折の徴候(著しい腫れ、変形、動かすと激痛など)がある場合は、その部位を動かさずに、すぐに救急車を呼びます。

痛みが軽い場合でも、心臓患者さんの場合は、転倒の衝撃で心臓に負担がかかる可能性があります。転倒後に胸痛、不整脈の感覚、息切れなどの症状が出た場合は、すぐに医療機関に連絡してください。たとえ大したけががなくても、医師の診察を受けることをお勧めします。

よくある質問

Q1. 高齢だからバランス訓練は難しいのでは?

A. 決してそんなことはありません。むしろ高齢者こそ、バランス訓練の効果が大きいことが知られています。大切なのは、安全な環境で、無理をせず、毎日継続することです。最初は椅子につかまることからスタートし、徐々に手の力を減らしていく段階的アプローチが効果的です。

Q2. 筋力がかなり低下している場合は?

A. 理学療法士に相談してください。個別評価により、その人に適した運動プログラムを設計できます。最初は、ベッドの上で行える寝転んだ状態での脚の上げ下ろし運動から始めることもあります。

Q3. 杖を使うのは恥ずかしい?

A. 転倒してけがをすることの方がはるかに大きな問題です。必要に応じて杖を使うことは、自分の身体機能を正直に認め、自分の健康を大切にする行動です。見た目よりも、安全性と独立性を優先してください。

Q4. 転倒予防の訓練は毎日必要?

A. 理想的には毎日行うのが最善です。ただし、体調が悪い日や体の痛みが強い日は、無理をしません。週に5日以上行うことが、効果を維持するために必要です。

今月のアクション:転倒リスク評価と予防プラン作成

まず、自宅の転倒リスク評価を行いましょう。床に置いてある物、階段の状態、浴室のスリップリスク、照明の有無を確認します。特に注目する場所は、寝室からトイレへの通路、階段、浴室、キッチンです。危険な場所を見つけたら、修正策を具体的に記入します。

次に、毎日行う転倒予防運動のプランを作成します。朝と夕方に各15~20分の時間帯を決め、スクワット(椅子を使用)、片足立ち、タンデムスタンスのうち、自分が無理なく行える種目を選びます。最初は簡単なものから始め、週に1度程度、新しい種目を追加したり、難易度を上げたりします。

最後に、4週間後に自分の変化を評価します。階段を上るときの足の踏ん張り、片足立ちの時間、日常生活での動きやすさの程度などを確認します。小さな改善も大切です。見た目だけでは分からない内部的な筋力改善も起きています。

最後に

転倒は、単なる不幸な事故ではなく、防ぐことができるものです。筋力強化、バランス訓練、環境整備の三つの対策を組み合わせることで、転倒のリスクを大幅に減らすことができます。

9月は「転倒予防の秋」。秋の行楽シーズンを安心して過ごすため、今月から転倒予防運動を始めませんか。

次回予告:

10月は「歩く力を測ってみよう」をテーマに、体力測定の意義と結果の読み方についてお伝えします。お楽しみに!

理学療法士はあなたにとってベストな運動管理を提供します。ご興味のある方は心臓リハビリテーション室(058-213-0488)までご連絡ください。

また、ご質問がある方は是非ご連絡頂ければ幸いです。